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2007年03月02日 (06:55)

結構悩むべよ。

オラは正直言って、ナポリだろうとイタリアだろうとパリだろうとパリ郊外だろうと、日本人とレストランに行くのは嫌なのだすが、それは食事作法やレストランの使い勝手において、日本の感覚とは違い、さらには給仕さんの態度でそれが適っているかどうかと言うのが如実に判断出来てしまうからなのだす。

例えば、スパゲッティをズルズルすすると言うのがヤバいと言うのは、かなりの人が知っていると思うのだすが、どうも普通に(むしろ豪快に)それをしたり、居酒屋よろしくデザートが終わった後もズルズルと居座り続けると言うのは、割と顰蹙を買う行為であるとオラは認識しているのだすが、それをするのはともかく、同席のフランス人が「お前、同じ日本人なんだから、何とかしろよ」的な視線をこちらに送って来るのがかなりきついわけだす(「さあ、行こうか?」と言う時に「もうちょっとここで話そう」とか言うなよ、おまえ。。。)。

ついでに、デジカメでいちいち出て来た料理を撮るのもオラは大ッ嫌いだすので、その辺はよろしくベイベーだす。

幾度となく言うのだすが、オラだって所詮オラオラなわけだすから、そんなに偉そうには出来ないのだすが(オラだってどこかでは顰蹙買っているのは間違いないだすから)、開き直った感じで、田舎者的な感覚丸出しと言うのもいただけないのは確かだと思うのだす。


みたいなことを思っていると、日本人は日本人を避ける傾向にある、が出来上がると思うのだすが、他の国の人同士はどうなんダベカねえ?そのまま話すと、共通の知り合いの日本人を槍玉に挙げなければいけなくなるので外国人には話しづらいのだすが、日本人同士だと「彼/彼女はちょっと。。。。」と言うのは、割と共通しているのが分かるので、そういうのに辟易している日本人は少なくはないと思うのだす。

で、日本人は日本人を避ける傾向にあると言うのが出来上がって、、、って堂々巡りだすな。

皆さん、どう対処しているダベか??

コメント

 それはフランス文化圏とかイタリア文化圏だからじゃないのかね。すくなくともぼくの体験でいうと、アメリカで作法がどうとかいうことは、これまであんまりなかったような気がするなあ。
 こっちで日本人と直接あって話す機会って、最近増えたけれど、それでもせいぜい月に一回あるかどうか。会ったらお互い日本語が使えるってわけで、飲もう話そうということになって、どこかの店か誰かの家で長話になるなあ。

 というか、アメリカでレストランなるものに入ったことってほとんどないなあ。友達と行くのはバーになるな。もしくはお互いの家でのパーティーか。

何故アメリカの話が出て来るのかがよく分かりませぬが、ひょっとして話の根底に”日本”vs”欧米”という括りがあるのではないべか?(だとしたら、ヨーロッパだってかなりの多様性に満ちているのを認識して下さるとありがたいのだすが)、何はともあれアメリカでの話はオラは知らないのだす(でも同業の日本人ととあるレストランに行った際のオーダーのまごつき方、と言うか、給仕さんを無視した内輪同士の対応みたいに見える行動は非常に奇異に映っただすがね)。

ちょっと考えたのだすが、これは知識の問題と言うよりは、場の空気を読む問題なのだす。で、それは、心に余裕があるかどうかの問題にもつながり、他方で、知っているだけでその余裕を生み出すことも出来るのも確かなのだす。

特に「お食事」する場所と言うのは、お店全体で一つの劇を作り上げているようなもので、多少嘘くさくても気取って場の雰囲気を作り上げると、お店サイドもお客さんもお互いにハッピーになれるのは間違いないのだす。

決して人のことを言えたもんではないのだすが、日本人の方が他人の顔を伺うのが長けているはずなのに、意外にもそこら辺を気付かずに、下手に指摘するとちょっと逆切れする人がいるので、面倒だなあと思うわけだす。

基本的に私生活でのイヴェントはblogにはあんまり載っけていねえだすが、まあそんなに大きくは変わらないだすよ。パーティーでの均一度の話以外は。

イタリア人はイタリア語ができるかどうか、で態度が変わってきますし、価格も変わってきますけど、私は日本人とレストラン行っても不快なことはないです。イタリア語ができる日本人同士で行くからかな。
私は単に海外で日本人同士だからって仲良くしようとは思わないし、友人も選ぶけど、妙に日本人を避けて口も聞きたがらない日本人を見ると不快です。そんなの日本人だけだし。

どうも噛んでない気がするんだべがね.

オラは悩んでいるのだすが、yuranotoさんが悩んでないならそれに超したことは無くて、何も同じ状況でないのを疑問に思うことは無いんじゃないだすかね?

おらサイドとしてはここで同じ日本人で括るつもりもないべ。それともxx人とか言う括りがいただけないと言う括りに括られているが故のコメントなんダベか?


海外で日本人同士だからと言って仲良くしようと思わない人が、自分の友達として選ばない相手に対して距離を置くのが、結果として日本人を避けて口もききたがらないように見えるのかもしれないだすよねえ。実はオラその手の人な気がするんだすよねえ、どっちかと言うと。もっともオラは、日本人であることはそれなりに利用しているんだすし、口聞いてもらえなくても、あんまり気にならないんだすよね。

気にならないとは言え、理解としては、口もききたがらない日本人に対して不快に思うのも分かるわけだすし、一方で、オラは経験上ちょっと親切心を起こしたばかりに必死にしがみつかれてしんどいした思いあるので、次善の策としては端から関わらない、と言うのも一つの方策だと言う理解は示せるのだす。

(ついでながら、オラが某ナポリの生活サイトを立ち上げたのも、情報は提供する一方でしがみつかれないようにするのが一つの理由だす。たまにアフェリエイトを張ったりしただすが、基本的には営業臭は限りなくゼロだすよ)。

で、ちょっとだけ口をきいてあげれば、それは”日本人”には見られない態度として認定してもらえるんだべかね?そのちょっとの差が肝なんだべか?それとももっとCiaoCiaoベタベタ言い合ってあげるのがいいんだしょうか?コッコレしてあげればいいだすか?

「そんなの日本人だけ」と言うのは、よくよく観察しているとそうでもないと言うのがオラの持論だすので(まあ、お互いの言うところの”そんなの”が同義であるかどうかと言う詰めが必要だすが)、その内エントリーとして書くこともあるやも知れませぬ。


さて、お互いに共感を持ち合い得ない可能性があるコメントを書くことに何か意味があるのかどうかは分かりませぬだが、(エントリーに書いたような日本人とは話のレベルが違うだすが)オラが選ぼうと選ぶまいと、(推定)日本人とは関わり合いが生じ得る状況が世の中にはあり得る、と言ういい例になれば幸いだす。

自分の私的時間全てが自分の友達と過ごす時間だけに使えるわけでねえだすし、まあもちろんそれは何をしようとオラの自由なわけだすが、公開運営しているblogにはある程度は括られるわけだす。

そんなわけで、一応、返答させて頂きましただが、何かオラの書いたことで分からなかったり、yuranotoさん自身が書き足り無いことがあったら、またコメント頂けたら幸いだすだ。

さりゅー。

ずれていましたか

確かに「まったく同感」と共感していないのに「私はそんなことないです」というコメントをしたけど、そういうのもあっていいと私は思っているので書いたわけです。逆にそれこそ「そうそうそのとおり」とだけ言い合っているblogって「私たちお友達お友達」している妙な気持ち悪さが感じるのですが、変でしょうか?
ebiさんの気持ちもわかります。また過去に日本人とのいざこざがあると、余計そうでしょうね。私も別にお友達になろうとしたわけでもないのに、ちょっとした会話さえ無視してしてくれなかった日本人がいたので、未だに引きずっているのかもしれません。そのくせ、その人、困ったときになると頼ってくるのです。また、お店に来る観光客の日本人も話し掛けても無視する客がよくいて、そういうのって(客では)本当に日本人だけだから、そういう印象があるのです。
同じ、日本人だからって誰とでも仲良くはできないし、無理にciaociaoしあう必要なんかもちろんないし、距離をおくのは必要だと思います。たぶん日本以上に(変な人に関わりあったり、利用されたり、同類だと思われないために)。
言葉が足りなくて、理解してもらえなかったかもしれませんが...

同じ対象を見ていない限り、それはズレルわけだす。

また少し話がズレていると思うのだすが、同じ対象を見ていない限り、議論と言うのは成り立たないと思うのだす。


どうもイタリア在住の人に”特に”顕著に見られる傾向としてキーワードに反応して、自分の体験を”聞いてくれ”的なコメントが多いのだすが、別に聞いてあげる分にはいいだすが、それはオラのエントリーに対しての反論やら共感やらとは随分とかけ離れたところにあるように思えて仕方が無いのだす(はっきり言えば論外に近いところに行ってしまっているのだす)。

これはオラ自身が、たまに他のblogにそのようなコメントをするので、逆によく分かるのだすが、要は何かを吐き出したいだけのようにオラには思えますだ。ま、思うだけで、オラの偏見が入っていることは否定しないだすがね。

なので、blogの運営方針に関して、馴れ合いが云々、的な話に持っていくのは、全くの筋違いだすだ。おらはおらキアを馴れ合いblogにしているつもりはネエですが、独り相撲は自分のblogだけにとどめておいてくだせえ。とは、思うのだす。がっぷり4つに組むのは時間が許す限りはやらしてもらうべよ。もし、おらキアが、yuranotoさんの言うところの「気持ち悪いblog」に相当するとyuranotoさんの言うところの理由でもっておっしゃるのであれば、それは真っ向から反論させて頂きますだ。

一方、何も気持ち悪いと思うならば、見なければいいと言うのも一つの意見であるとは思っているのは否定しネエベよ(これが巷で超大人気のblogで、「何であんなのが?」とか思われるならば反発する可能性は分かりますだが、たかがおらキアだすよ?)。


さて、一見さんの日本人がそのような不快感を引き起こすであろう態度を取るのは分かるし、それに対して不快感を表明するのも分かるのだすが、オラがあつかっている「日本人」は少なくともお互いに名前を知っていたり、共通の知り合いがいたり、で通りすがり以上の何らかの関わりがある人達だす。なので、yuranotoさんのお店に来る人とyuranotoさん自身の立場の関係において生じる人間模様を、はたまたプライベートのそれを、オラとその周囲に持って来られても、オラとしては何とも判断しようがないわけだす。

違う人が違う相手を対象に違う印象を持った、と言うのは当たり前すぎるのだす。

ここで、オラとしては、「そうですねえ」と言ってあげてもいいわけだすが、オラはそれこそ「私たちお友達お友達」しているつもりは全くないわけだすので、よく分かんない旨を表明したわけだす。

大体が、yuranotoさん以外に人(例えばイタリア人)にも”日本人”が同じ態度を取る、とか、yuranotoさん以外の日本人にも同じ日本人が同じ態度を取る、とか言うのであれば、一般的な日本人と言うことで、つまり共通の話題として、「日本人の行動」の是非を問うことが出来ると思うのだすが、それは、果たされていないわけだす。

オラとしては、話の方向性として、「日本人同士が避ける傾向、まあそういうのは、あり得る」とした上で、どうしてか?を考察する方向に持っていきたいつもりなのだすが、yuranotoさんは「不快」であるとして、話が終わっているのだす。また「私は違う」で終わっているのだす。

だけど、オラが「竹野内豊はなんかいまいち」と言う時に、「葉月里緒菜はきれいだと思う。」「でも後藤久美子はいまいち」と言われたって、なんか議論が出来ますだか??

オラはオラのすべてをblogでさらけ出してはいないだすし、だから、それで判断されても困るわけだすが、公開してないのを想像で補って頂いて「それは違う」と判断されても困るわけだす。「それは違う」と思うのであれば、逆にオラが書いたエントリーで十分に判断出来るとyuranotoさんが判断してからこそ書き込みをして頂いたわけで、「ebi某の限られた情報では、判断のしようがない」というのは、おっしゃらないと思うわけだす。

なので、オラはひょっとしたら、「日本人」「レストラン」と言うキーワードに引っ掛かって話をしたいだけダベか?としか思えないわけだす。

例えば、「私は違う印象を日本人に持っているけれども、それはebiの悩むのがおかしい?」とか言う意見が含まれていれば、「エー、それに対してはですな、、、」とか始められるわけだす。

もし議論の対象が共通して持てるようであるならば、いくらでもいろんな意見を述べて頂ければいいと思うのだす。ただ平行線になっているようなのは、おらとしては筋違いとするしかねえのだす。言葉が足り無いせいでそれが生じているならば、足してくだせえ、と言うのが、前回のコメントの主旨だす。


ほんでもって、エントリーの方で書き方が悪かったかもしれませぬだが、「一括りにされるのに閉口している」旨は書いたつもりだすし、もしかしたら、話が噛み合うのはその辺りかもしれませぬだ。また、普段は感じ悪いのに調子良くする寄って来る辺りも噛み合うかもしれませぬだ(ただし、ちょいと前のエントリーに関してだすが)。

で、不快な思いをしない人とだけ食事をしているかもしれない一方、全然別のことで不快を表明するyuranotoさんが、不快な思いをする人と食事をする羽目になって閉口しているオラに対して、何かコメントする時に、どこら辺が噛み合っているのだしょうか?

オラだって、それが避けられるのであれば避けたいわけだすし、それが出来ねえケースもあるから悩んでいるわけだす。オラのエントリーの路線は、日本人とはそれなりに距離を取りたいと言う文脈だったと思うわけだすが、なにかyuranotoさんのコメントがそれにコミットメントor反論するように書かれていると言うよりかは、相手不在で「私はこう」と言っているようにしか思えず、そういうのに何か意味があるんダベか?とオラは思ってしまうわけだす。

堂々巡りしているので、この辺で。

サリュー!

丁寧に返答してくださって、ありがとうございます。

私はおらキアブログ、楽しんで読んでいますし、馴れ合いだなんてとんでもない、それこそ筋違いです。だからこそ「そうそう」というのではないコメントをしたのに、ま、それが噛み合わなかったことは認めます。馴れ合い的だとこのブログに対して私が言ったと解釈されたら、それこそ誤解ですので、違います、と言いたくて、また書きました。

反論するつもりはありません。

で、不快な思いをしない人とだけ食事をしているかもしれない一方、全然別のことで不快を表明するyuranotoさんが、不快な思いをする人と食事をする羽目になって閉口しているオラに対して、何かコメントする時に、どこら辺が噛み合っているのだしょうか?

おっしゃるとおりです。
同じ経験をしていないのに、別の角度から自分の一方的な意見を言っては、ずれてしまうわけです。

結局平行線だったかもしれませんが、対象あっての議論というものでもないので、私もこれ以上書きようがありません。そうですね、噛み合いませんでしたねー、としか。いらないコメントだったかもしれませんが、文脈を読むのが上手にできなかったんだな、と勘弁してやってください。

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「おら」ことマッドサイエンティストなebizo&その助手ナポリ生まれの猫キアヌ坊(きあぬぼん)は、フランスはパリにてその日暮らしをしているだ。blogの略称は”おらキア”だ。コメントが撥ねられちゃう方はフォームにて連絡下せえ。


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その1:コスモ石油の環境保全事業。6つのカテゴリーからお好きな事業を選べますだ。


その2:ご存知Nyamazonだすよ! Nyamazon
その3:デジカメファイルからアルバムを作るのに便利だべ。
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