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2006年09月22日 (16:44)

坂東女史へ

プロの作家が公的媒体である新聞に批判も出ること覚悟で書いた文章に対して、ポリネシア政府が告発に動いただけで「言論の弾圧だ」と認識しているなら、あなたはまた問題のすり替えを始めているのだと思われても仕方が無いと思うだす、坂東女史。

人の問題をペットを拡大解釈し始めていますだが、何かが違うだす(よりによって、ナチスを持ち出すわけだすか?しかも同性愛からは子供は生まれないわけだすから、理論的に言っても、そういう行為はめちゃくちゃなわけだす。それと同列にしているのは何か変じゃないだすか?bi-sexualだった場合には、、、とか話が違う方向に行くのでやめるだすが)。以前にも書いただすが、あなたが猫を自分の投影先にしている時点でそれはもう自然の話などと同列に扱ってはいけないわけだす(でもって、ナチスの話なんだすかね??)

要は自分が傲慢である、と一言で言えば済む問題を、あれこれ一般化に持ち込もうと正当化しようとするから、おかしさが生じるのだす。批判を受け、それが生活している場での法にそぐわないなら、罪を受けるのは当然だす(もちろん罪に問われないならば、そのままのその生活を続ければいいわけだす)。

で、だすね、オラが言いたいのは、

一石を投じるとか、そういうたいそうなことをしてくれなくとも、ペットを飼う人は不妊手術に関して悩む人も当然いるわけだすし(不妊手術が当然だと考える人がいるのと同様に)、余計なお世話だす。多角的な議論と言うのは、すでになされている気がするのだす、ペットを飼う人達にとって。それを「不妊手術が当然という風潮が当然」と一面的に取り扱い始めていることもたぶん件の日経新聞の記事への反発だと思うのだす。

不妊手術を問題にしたければ、別の書き方だってあるわけだす。それを共感が得られない書き方でしか書けないのであれば、あまり成功とは言えないのではないだすかね?(コピペ中の記事で鳴海崇さんの解説が入っている通り)もちろん、書き方の一つとしてそういうストラテジ-をとるのであれば、それはそれでいいと思うだすが、だったらあれこれ真意がどうのこうの言うのは筋が通ってないだす。

大体、生まれたばかりの弱い子猫より強いあなたが、抵抗出来ないそれらの猫を崖から落とす行為と、高等動物が下等動物に手術を施すのとは、そこだけ切り取ればロジックとしては一緒かもしれませぬが(まあ一緒だから、不妊手術が認められるのならば、崖から落とす行為も認められる、と言いたいのだしょうが。)、そこへ(建前上であれ)平等であるはずの人間が人間に対するナチスやハンセン病への弾圧を持ち出すのは例としては適切では無いと思うのだす。適切だと思うのならば、その間を繋ぐ文章が欠如しているわけで、それに対して欠けることなく掲載してくれる媒体を選ぶべきだす。一般人ではなく、プロの作家でなんだから(少なくとも、一つのまとめた文章の中で真意が伝えられないと言う自分の力量を証明したかったわけではないだしょ?)


要はなんだかんだ言って、司法の手が迫るかもしれなくて、焦っているだけだしょ??(まあそりゃ焦らない方がおかしいかもしれないだすがね。)


人は何とも弱いものだすなあ。


時間がないので、またあとでゆっくり書きたいだす。
以下は、とりあえず問題の記事のコピペだす。

参考サイト:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060922-00000058-mai-soci
***以下、参考サイトからのコピペ***

<子猫殺し告白>坂東さんを告発の動き…タヒチの管轄政府

 直木賞作家の坂東眞砂子さん(48)=フランス領タヒチ在住=が、日本経済新聞に寄稿したエッセーで告白した「子猫殺し」。その内容をめぐって余波が続いている。タヒチを管轄するポリネシア政府は、坂東さんの行為を動物虐待にあたると、裁判所に告発する構えを見せている。20日から26日は、動物愛護週間。坂東さんが、真意を語りたいと毎日新聞に寄稿した。 
 ◇坂東眞砂子さん寄稿…子猫を殺す時、自分も殺している
 私は人が苦手だ。人を前にすると緊張する。人を愛するのが難しい。だから猫を飼っている。そうして人に向かうべき愛情を猫に注ぎ、わずかばかりの愛情世界をなんとか保持している。飼い猫がいるからこそ、自分の中にある「愛情の泉」を枯渇させずに済んでいる。だから私が猫を飼うのは、まったく自分勝手な傲慢(ごうまん)さからだ。
 さらに、私は猫を通して自分を見ている。猫を愛撫(あいぶ)するのは、自分を愛撫すること。だから生まれたばかりの子猫を殺す時、私は自分も殺している。それはつらくてたまらない。
 しかし、子猫を殺さないとすぐに成長して、また子猫を産む。家は猫だらけとなり、えさに困り、近所の台所も荒らす。でも、私は子猫全部を育てることもできない。
 「だったらなぜ避妊手術を施さないのだ」と言うだろう。現代社会でトラブルなく生き物を飼うには、避妊手術が必要だという考え方は、もっともだと思う。
 しかし、私にはできない。陰のうと子宮は、新たな命を生みだす源だ。それを断つことは、その生き物の持つ生命力、生きる意欲を断つことにもつながる。もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう。経済力や能力に欠如しているからと言われ、納得するかもしれない。それでも、魂の底で「私は絶対に嫌だ」と絶叫するだろう。
 もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日本でもかつてハンセン病患者がその対象だった。
 他者による断種、不妊手術の強制を当然とみなす態度は、人による人への断種、不妊手術へと通じる。ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する。
 エッセーは、タヒチでも誤解されて伝わっている。ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、虐待にあたるか精査してほしい。事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる。
 ◇解説…動物の生と死、多角的議論を
 坂東さんは「子猫殺し」を発表することで、愛猫に抱く葛藤(かっとう)を伝えるとともに、過剰なペット依存社会に一石を投じ、動物の生と死について再考を促そうとした。しかし現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない。
 「雌猫3匹が産む猫を、がけから放り投げている」。この強い表現は、猫への愛情と罪悪感が希薄な印象で、読む側の不快感につながった。言葉を扱うプロだからこそ、意図を正確に届ける工夫がもっとほしかった。
 また、猫への避妊手術は、坂東さんの挙げる野良猫対策とは異なる側面もある。野良猫の7割以上がウイルスを持っているといわれる猫エイズの予防だ。治療法は確立されていないが、体液の接触感染が主な原因で、不妊・去勢手術を施してけんかや交尾の機会を減らせば防ぎやすくなる。
 現代社会の猫や犬は、単なるペットではなく、人生の伴りょとして扱われる。坂東さんに賛同する人は少ないだろう。ただ、私たちが「動物にとっての本当の幸せ」を知るすべはない。動物の飼育を「自分勝手な傲慢(ごうまん)」と考えている人はどれだけいるだろうか、人間に向かうべき愛情が動物に偏って注がれていないか……。坂東さん、そして社会が抱える病理を多数派の意見で押し込めてはならない。【鳴海崇】
 ◇子猫殺し 坂東さんが日経新聞8月18日夕刊でエッセー「子猫殺し」を掲載。飼っている雌猫に避妊手術をせず、子猫が生まれるとがけ下に投げていることを明らかにした。日経にはメールと電話で延べ1497件(今月19日現在)の意見が寄せられた。「残酷で不快」「動物愛護の精神に反する」「生命を軽視している」「避妊手術と、子猫を殺すことを同列に論じるのはおかしい」など、大多数が批判。少数だが「納得できた」「これからも生と死について書き続けて」との賛意もあった。
(毎日新聞) - 9月22日15時45分更新
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タグ : 坂東
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