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2006年09月28日 (06:04)

ナポリ人にナポリ療法を試すとどうなるべか?

一応、前置きとして、本エントリーに書かれていることはオラから見た真実であり、反対側から見たら違う主張があるのかもしれませぬが、オラはオラが出来る限りを持って事実のみを言及していることを誓いますだ(アホリタンとかは一方的な呼称であり、そこに公平さは無いのは認めるだすが)。それを承知で読んで下され。

かつてオラがアホなナポリ人(=アホリタン)に完全に腹を立て、でもオラの誤解があったら困るから、オラが認識しているところの不満な点を文書で列挙し、「書いてあることに間違いがあったら遠慮なく指摘してくれ。ただし口頭ではなく文書で」とメールしたら、返って来た返答は完全に論点をずらしてあり、しかも「これじゃまるで私が泥棒みたいじゃないか」とのたまった。。。。

まるで、じゃ無くて、まさに泥棒だす。

もちろんオラはそう認識せざる得ない所業だと思ったのからこそ問うたわけだすが、それは列挙するとやはりそのアホリタンの頭でも「泥棒的な行為」と認識せざる得なかったことになるわけだべ。

で、先日のナポリ療法がこのまま有効か?つまり、自分の行為を認識することで、そのアホリタンはそれを改善しようと思うべか??


って、そんなわけないだすよ。

そもそも、誤解であるか?もしあるならそれはどの点か?をこちらとしては理解の溝を埋めるべく聞いているのだすから、そこで逆切れするのは筋違いなわけだす。

って言うか、さんざん回りくどいことをしてあれこれデータをせしめようとして、後で言った言わないの論議になるから、きちんと文書にしておいてメールもして、プリントアウトもしたのを渡して説明もしておいても、まあそれは反古にされるわけだす。まあそりゃそうだす。単なる”ウッカリしてた、ごめんごめん”では無くて、端から盗るつもりでいるわけだすのでそんな証拠が残っていることを覚えていること自体が都合が悪いのだす(なので、「そんなのいちいち覚えてないよ」)。今回も書いてあることを否定すれば、それはさらに嘘だと突っ込まれるわけだすし、肯定すれば自分の非を認めて具合が悪いので、泣き落としと逆切れを使うわけだす。

(でも、ここで非常におかしいのは、彼自身が他の人の所業に対して、「きちんと文書として証拠に残しておいて合意に達しておいても反古にされる」と常々オラに愚痴を垂れており、ここら辺がナポリの今日の被害者が明日の加害者になって、弱肉強食的にしわ寄せられるところにしわを寄せていく風潮なわけだす)。


という歴史がオラと彼の間ではあるわけだすが(もちろんこれだけではないのだすが)、今回なんか不正の臭いがする怪しい論文に関わる羽目になったので、「(オラが共著者になっていた)論文の共著者として責任が取れないから、名前を抜いてくんろ。あなた方の努力とデータの一部には敬意を払うだべが、この論文はオラのキャリアにとって問題になりかねないだす」とメールを打ったわけだす(筆頭著者の学生にもCcで)。

すると、まあ案の定、びっくりして、と言うか、恐らくは”キャリアにとって問題になりかねない”辺りにこちらの真剣さを読み取って、慌てたわけだす(で、不正臭がぬぐい去られた論文原稿を送って来たわけだす。まあそれはそれでいいんだけれども、不公平な点や、勘違いが来る点が解消されてないのは、もうこの際、目をつぶっておく代わりに関係を絶ったわけだす)。

それをまた「今まで4年間一緒にやって来たのに、最後に”財布を盗った相手”に対するような態度を取るなんて理解が出来ない」って、たぶん自分がやっている行為は理解しているからこそ”財布を盗った”という言い方が出て来る気がするのだす。


大体、共著者を降りる前に、論文原稿に関して納得出来ない点は列挙して伝えたわけで、それを「改善しない」と言う返答をもらった以上、「じゃあそれに対して責任は取れないから、オラは降りますだ」というのは当然の流れな気がするのだすが、そこに”盗った”云々の比喩はなんかお門違い違いな気がするのだす(そういう言い回しがイタリア語かナポリ語にあるのかもしれないだすが)。

思い当たる節があるとするならば、オラが当然受けて然るべき待遇をアホタリンはしておらず、学生にそれを回した辺りに罪悪感を持っているのだしょう。上述の「まるで泥棒みたいじゃないか」の路線も実は同じようなエピソードだして、しつこくしつこく繰り返してやっと成功しかかったわけだすね、彼的には。


なんか白々しいわけだす。なんせ以前、「ずっと、この4年間一緒のラボにいるのが嫌だった」とメールを打って来る人がここで、「今まで4年間一緒に云々~”最後に”云々~」も無いわけだすよ。しかもこのアホリタン、最後の最後まで、謝らず。

給料の不払い、しかもxxxxユーロがきちんと用意してあってそれが事務の手違いで支払いが遅れて云々って言うのも、彼から事務への連絡が不行き届きなせいだったし、きちんと聞いていると主張の2ヶ月足りない分しか用意しておらずしかもそれが手取りではなく税込み価格(すなわち2ヶ月分足りない上に8割分しか手元に来ず。もちろん手取りか否かは事前に確認してあった)や正式な身分の保障をしなかったこと(それで働くことを要求=不法滞在を強いられた)や公共の場(研究室内)での喫煙(2005年イタリア国内での話)(しかもオラからの指摘には逆切れ)、学会参加費および旅費の不払い(ナポリ人名物口約束)、その他一連の行動の不備に対するオラの指摘に対して、黙りこくったものの、一切謝罪の言葉無し。しかも放心したように「これはレッスンだ」とブツブツつぶやく始末。最後の最後の瞬間まで自分のことでいっぱい一杯だったのだす。

ついでに、出て行かれると困るからと投稿論文の最終チェックと称して、投稿の引き延ばし作戦敢行(まあ嫌がらせ。後日、メールが全部飛んじゃったという理由をつけられたがすごいタイミングだ)。今回の論文は結局傍目から見たらno contribution。彼主宰のWorkShopに出席を強要されたので(何故なら彼がオラのデータを説明出来るはず無いわけだすから)、給料不払いを理由に拒否、それでも「もしプログラムに興味がありそうなものがあったら出てやらんこともないから、メールでプログラムを送って下され」というオラの問いに対して、前日の夜中1時(つまり始まる8時間前に。)にメールで添付してきて、後日「確かにプログラムは送った。発表の機会を与えてやったのにそれを無にしたのは許せない」と逆切れ(たぶんWorkShopで恥をかいたのか、メンツの問題なんだろう)。

これでまだオラにはアホリタンと喧嘩をする理由が無いと思うあなた、こっそりメールくだせえ。その喧嘩買いますだ。

まあしょうがないか、とオラが許容を見せるごとに、リセットされたとばかりに同じ行動を再開(ある意味、精神力が強い??)。ほんでもってやりたい放題やってから、自分は悪くないの一点張り(じゃあ責任者としての責務を果たしてないんだから、えばるなよ)。なんと言うか、シラッと(実際にはジメッと)している。まあ、この場合はあまりにも痛々しいので(大体出来ないことを要求してもしょうがないし)、さっさと去りたくて切り上げただすがね。

よくお釣りをごまかして請求すると白々しく渡す、という行動パターンがナポリ人およびイタリア人にあると言われるわけだすが、アレとそっくりなんだすよね。なんて言うか、いつも後だしジャンケンなんだすよね、彼の行動、そして彼らナポリ人の行動って言うのは。ひいては弱き人々の行動って言うのは。

こちらが腰を上げるまでやりたい放題&暴言を吐いておいて、いよいよ切れると「怒るなよ」的な発言。ホラお釣りはちゃんと渡すよ、てな感じ(なので、マテラッツィの行動も実に嫌だったわけだす。同じような臭いがしていて)。

件の論文の不正臭はぬぐっておいて、「捏造もしてないし、話もちゃんとしているし、そんな大それた権威ある論文として投稿するつもりも無いよ」と言って来るのだすが、まあやろうとしていたことは、まったくこの発言の裏返しなわけで(ここはオラの推測にしか過ぎないだすがね)、まあ未遂で終わって良かっただす(これは本当にそう願うだす)。


まあ、それはそれで世の中を回しているのでいいのかもしれないだすが、そこに外部の価値観をつきつけると慌てるのだす。でも、それから何か学び取ろうとは思ってないだすね、彼らは。上述の”レッスン”の件は、最後に直接顔を突き合わせた時のエピソードだすが(メールにも何やら似たようなことを書いて来ただすが)、その後、今回の不正臭漂う論文を送って来る辺りで、オラは割と確信しているのだす。

あの”レッスン”から彼が学んだことは、「次回はもっとうまくやろう」ということだと言うことを。そしてこれを機に「不正はよくない」と思うのではなく(オラは本当にこれを願っているのだすが)、今度は分からないようにやろう、ということだべなあ、と。


彼は簡単なナポリ療法では治らない根の深い病気持ちなのだす(実際、皮肉でもなんでもなくて、そうだと思うのだす)。なので、ナポリ療法と言うのは、彼には向いてない無いのだす。そもそも向き合う気持ちも無いし、向き合ったら崩壊しちゃうわけだすから。ナポリではたぶんその病気は進行するから街を出ればいいと思うのだすが、ねえ。

ま、オラも人のことを心配する余裕がある身分でもないので、じっくり体力を養いたいと思う次第でありやんす。
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コメント

ナポリ病

何やら本日ナポリで引ったくり犯人を自宅に逮捕しに行った警官が家族や隣人に危うく袋だたきにあうという事件があったんですよね。

抗議だけで放っておいて正解ですよ。こんなのと喧嘩したら同じ次元まで成り下がっちゃいますよ。

アホリタンって

面白いです。また笑ってしまった。
ナポリって、大変ですねー。ローマでもあるから、想像はできますが、ナポリ人ってそんな感じの人が多いのでしょうか、恐ろしい。
pallinaさんの言うとおり、抗議だけでにしといて、正解ですけど、ちゃんとすべきことは、弁護士通すなりして、筋を通したほうがいいと思います。

良くも悪くも同じレベルで考えようとしたから、苦痛だったのだす

>pallinaさん。
知り合いのドイツ人がアラブ圏のとある国に留学していた話を聞くと、さらにものすごい感じもするのだすが、まあそれは置いておいて、他のイタリア人*からも「まったくナポリ人ときたら」と言われるだけのことはあると思うだすよ(*他の西欧諸国から「まったくイタリア人ときたら。。。」と言われている)。

オラは個人的にはイタリアにもナポリにも思い入れはないので、撤退することを決めたのだすが、キアヌぼんを日本に連れて行く可能性もあったわけで、それもあって時間稼ぎが必要だったのだす。

>yuranotoさん。
当時、アホリタンの名前も入った論文を投稿中だして、それの結論が出るまでは事を荒立てたくないと言うのがあったのだす。すでに嫌がらせの兆候は出ていたわけだすし、オラ自身の利益だけではなく、日本の恩師にも迷惑かかりかねないのでそれは避けたかったのだす。

そもそも、ナポリに居座るつもりならば、それなりに対抗しただすがね、別に手段としてそこに住んでいるわけで、何もそこにこだわる必要はまったくないわけだす。

基本的に、喧嘩にはそれなりの代償も必要だして、これ以上傷口を広げるのは馬鹿らしかったのだす。また自分の正当性並びに相手の非を責めるためには、第三者の証言が必要になって来るわけで、それは自分がお世話になった人に対してもさらに嫌な思いをさせることを意味するし、また嘘の証言も出て来るわけだすから、泥沼になることは想像に難くないのだす。それを精神的に弱っている時にやる程、オラは強くないので、せいぜいblogに書いて憂さを晴らすのが関の山なのだす。それが、所詮オラの間抜けさ加減をを披露しているに過ぎないのだとしても。

が、誰かが同じような状況にあった時に、「あ、この場合はこじれるな」と予見してそれなりの対処をしてくれたら幸いだと思うのだす。一応、このblogは「ナポリ生活便利頁」のサテライトサイトであることもありますことだし。

ま、偏見と言う概念もしくは行為に関して一定見を常日頃お持ちのようなyuranotoさんがナポリに対してどう思うかはまた勝手なのだすが、(オラの言うことだけでなく)ヨーロッパやイタリア国内でのナポリに対する定見をナポリ人が起こしうる一つの行動パターンとして知っておくことは、ある種の防衛として考えておけばいいと思うのだす(特に利害関係が絡む場合には)。ほんでもって、多くの場合、ここで書かれている表現以上のボロクソな言われ方をしていると思うだすよ。少なくともオラと関わりのある周囲のヨーロッパ人並びにイタリア人の発言から判断する限り。

そんなわけで、オラは偏見をある程度許容派なのだす。もちろん個人的に交流がある場合にそれを持ち出すのは、まったくのナンセンスだすがね。

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「おら」ことマッドサイエンティストなebizo&その助手ナポリ生まれの猫キアヌ坊(きあぬぼん)は、フランスはパリにてその日暮らしをしているだ。blogの略称は”おらキア”だ。コメントが撥ねられちゃう方はフォームにて連絡下せえ。


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