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2010年08月12日 (00:53)

ひゅるるるる~な感覚(後編)

で、例によってようやく本題なのだすが(これが前編後編に分けた理由なのだす。。)、

猫に関わる人たちに共通する”ひゅるるるる~感”というのがあるべかねえ、と前編に書いたごときを思っていた矢先の先日のことだす。おらが朝起きてベッドの上でポケーッとというか、何とは無く悶々としてた時に不意に来たのだす、その”ひゅるるるる~感”が。

で、その前兆として、何か部屋の床がミシミシっと鳴ったというのがあったのだす。で、事実だけ述べると、それを感じた朝からキアヌぼんの死にまつわる慢性的な鬱屈した感じからは解放された気がするのだす。ゼロになったわけではねえのだすが如実に軽減されたのは確かなのだす。

これをだすね、「きっとキアヌぼんが来てくれたんだベねえ」的に話を終わらせてもいいのだすが、存在しないものが物理的に作用するということはまあちょっとないので、実際には霊的体験とかそういうのではなく、でもそれはやっぱりキアヌぼんのおかげによるものには違いないのだすが、でもキアヌぼんの能力というわけでもないのだす。

何が言いたいかというとだすね、、、


今回起こったことは、おらの解釈によればこういうことなのだす。

つまり、キアヌぼんがおなかに乗って来た時に感じたひゅるるるる~感をおらが無意識に覚えていただすね、朝のキアヌぼんが乗っかって来る時間帯やら、その直前にキアヌぼんが忍び寄って来る時に床が微妙にミシッとなるとか言うのも無意識に覚えていてだすね、「キアヌぼん、どすんって飛び乗って来ないべか?」と言う無意識の期待につながり、あとは雪崩式にキアヌぼんとの幸福な日々が一緒くたに巻き込まれて、、前述の”ひゅるるるる~感”に達したんじゃないかと思うのだす。


なので、猫に何か不思議な力があるというよりかは、猫と接することによって得られる/得られた幸福感の記憶によって、(きっとホルモンの分泌に影響を及ぼし)、ストレスが軽減されると言う方が正しいと思うのだす。猫自身に不思議な力があるのだとしたら、多分猫嫌いな人にも効果があるはずなのだすが、猫嫌いな人を猫で囲んだらそれはさらなるネガティブなストレスを受けるので逆効果になると思われるのだすよ(試したことないだすが。。ひょっとしたら、意外に効いたりしてよ。偏屈なおらにも効いたくらいだからよ)。

とにかくだすね、肝心なのは幸福感を感じた時の記憶だと思うので、それが無いとまあ猫が居ても何もその”不思議な力”の恩恵は受けないはずだべ。そこら辺が良薬口に苦しでも効けばいいっていう薬とちょっと違う点だべね。まあ多くの人がきっと猫(なりペットなり)と接していて幸福感を得ることが出来るのもそれなりに本当っぽいので、一口に「猫には心を癒す不思議な力がある」というのも、その間接的な構図さえ認識しておけば当たらずとも遠からずと言って良いべね。(逆に言えば、”ペット=癒し”という安易な構図はちょっと賛成しかねるべ。)


一般的には、猫やペットに限らず何か自分が幸福に感じることが出来ることがあれば、それでもきっとひゅるるるる~感は得られるはずだして、人生において幸せな記憶というのはあった方がイイべよ。よく幼少期に注がれる愛情=幸福感が大切、っていうことが言われるわけだすが(で、よく犯罪者の幼少期の体験がルポとして書かれることもあるわけだすが)、そして別にそれがなくとも生きては行けるとは思うのだすが、あった方がいいような気がするし、それが例えば両親や家族から受ける愛情だったり、ペットから受ける何か、だったり、まあいろいろだすね。

オラにとってのキアヌぼんとの日々はその手のものに相当する幸せな日々だったわけだして、悲しみは消えないかもしれないだすが、同時に幸福感もちょっとずつは甦って来ているのだす。で、そういう記憶を与えてくれたキアヌぼんには本当に感謝している次第なのだす。今回のエントリーを書くにあたって読み返した2年半以上も前のエントリーにもそれを感じていて、自分でもちょっと意外だったのだすが、本当にありがとさんだべよ、キアヌぼん。今頃どっかで後ろ足で耳の後ろをしゃっしゃっしゃっしゃっしゃっとカキコキしてっかねえ。



(もうちょっと実を言うと、ミシミシッと床が鳴った辺りの時に何か部屋の中の雰囲気も変わったと感じたのも本当だして、、キアヌぼんそのものを感じることは出来なかったのだすが。。その手の方面の能力がおらにもあったらいいなとちょっと思ったりもしたのだす。キアヌぼんがフォースの使い手だったらオビワンみたくいつも近くに居てくれて良かったんだすがのう。)


コメント

私には、そういう能力は無いのですが、祖母が亡くなった時には『ソレかな?』というものを見ました。。。天井の隅をですね、タバコの煙の白さを濃くしたような、ネバりけのあるモヤみたいなのが通り抜けて行きました。。。その時、祖母は危篤状態だったんですけど、亡くなってから祖母の家に泊まりに行った時、目をつぶって布団に入っていたら、私の額をペシペシされました。冷たい下敷きで軽く叩かれた感覚です。モヤの時は怖くありませんでしたが、額をペシペシの時は怖くて目を開けれませんでした。。。あとは、昨年の冬だったと思いますが、白いモヤが寝ている私の脇を通りすぎました。この時も怖くは無かったです。。。いずれも夜中の事です。霊が視えるという人に自分を視てもらった時、『霊が私の頭を踏んで通り過ぎるのが視える』と言われました。試しにベッドの向きを変えたら、体調が良くなったんです。でも、心理的な作用があって体調が回復したからかもしれません。モヤも光の加減かもしれません。。。お盆の季節だったものですから、昔話しを思い出してみました。ebiさん、体調にはお気をつけてお過ごし下さいね。

お盆ですから・・・

キアヌぼん、帰省ですか。
猫の不思議な力って(猫にかぎらず)お互いが生み出す力のようですね。
自分に対して、その人だったから・・・、その猫だったからみたいな。
なるほど、無意識のうちに覚えている、「幸せのひゅるるるる~感」ですね。
私は家族が亡くなったときは、悲しみの中でしばらくジタバタしてましたよ。
いなくなってもひゅるるる~感を感じられるってとっても幸せなことなんですね。
私は幸せかもぉ~。

何だったんだべかねえ?

お盆の季節だべねえ。おらの一族はどうもそこら辺の行事感覚が希薄で今までピンと来なかったのだすが、故人を偲ぶ行事だすよねえ。

熊さんは、モヤモヤが見えたり、ペシペシされたり、と色々不思議な経験なさっているんだのう。お祖母さんはまあ味方みたいなもんだしょうから害は加えて来ないのだしょうが(そもそも幽霊とされるものが直接害を加えて来ることはないらしいのだすが)、ペシペシは何だったんだしょうかね?

心理的要因が体調に影響を及ぼすこと自体はそれなりに根拠があることだすので、どうして体調が良くなったかと言えば、直接的原因はベッドの向きの変化だと思うのだすが、ペシペシみたいに説明はつけづらいし、また別に無理に説明はつかなくてもいいんだはないだすかねえ?というのが、おらの最近の見解だす。

お盆にお祖母さんがのんびりしてくれるといいだすのう。

Re: お盆ですから・・・

そうだす、誰でも良いわけではなく、その人(や猫)との関係性が大切だと思うのだす。
無くなられたご家族ともキー君クー君を含むご家族ともトータルで見たら幸せな関係を維持しており、
例えば猫と戯れる時に、その幸せは一緒に思い起こされていると思うのだす。

その記憶をお持ちのmitamaさんは幸せ者だすよ。

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Author:ebizo (ebi)
「おら」ことマッドサイエンティストなebizo&その助手ナポリ生まれの猫キアヌ坊(きあぬぼん)は、フランスはパリにてその日暮らしをしているだ。blogの略称は”おらキア”だ。コメントが撥ねられちゃう方はフォームにて連絡下せえ。


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